老いとは「縮む」ことかもしれない。でも心は「広げる」ことができる。
- seraphyroom
- 2 日前
- 読了時間: 4分

つい最近のことです。
夜、暗い部屋で、窓から差し込む隣のマンションの灯りを遮ろうとカーテンを閉めた瞬間、視界の端にキラリと新月のような光が走りました。
それは、実物の何かではなく、瞳の中で起こっていることのようでした。
不思議に思いながら少し検索してから眠りにつき、翌日眼科を受診しました。
検査のあと、医師はまるで前日に読んだ検索結果をなぞるように、簡単な目の構造と次のような説明をしました。
「眼球の中の硝子体の水分が減って、少しずつ委縮していきます。その動きで網膜が引っ張られ、あの三日月のような光が見えるんですよ」
もっと大きな変化があればすぐ受診が必要ですが、この症状自体は「光視症」といい、加齢で自然に起こるものだそうです。
私の「新月のような……」という言葉に、まるで毎日患者さんから同じセリフを聞いているかのように、うんうんと頷く医師を見て、本当によくある症状なのだと感じました。
以前聞いたことのある、人生の先輩の話を思い出しました。
「もう、最近はどこの病院に行っても、加齢です、加齢ですってしか言われないのよ。だから行かなくなっちゃった」
きっと私が知らないだけで、これからも体のあちこちに小さな不具合が現れてくるのだろうと、瞳の中の光を感じて不安になる度に、自分に言い聞かせる毎日です。
そして、もうひとつ閃いたことがありました。
もしかして、老化というのは大雑把にいうと「身体の組織がしぼんでいく」ことなのではないだろうか。
というのも、医師の眼球の説明から、連想したことがあったのです。
何年も前のことですが、認知症の母に付き添って診察室に入った時。
目の前には熟練の脳神経外科医がいました。
デスクの横に貼られた母の脳のMRI画像。
それを一緒に見ながら、「以前より委縮している」と、はっきりと告げられました。
その時のことを思い出して、今回の眼球の委縮という言葉と、母の脳の委縮という記憶が、一本の線でつながりました。
考えてみると、歳を取ると身長は少しずつ低くなり、筋肉量は減り、血管の弾力も弱まり、身体の伸び縮みの幅は「縮む方向」へ向かっていきます。
骨や関節のクッションも弾力を失い、押しつぶされるように変化していく。
そんなイメージが浮かびました。
そこで、思わずAIに質問してみました。
「老化とは縮むことではないですか」と、物理的なことだけを想像してストレートに。
すると、思わぬ答えが返ってきました。
AIはこう言いました。
「身体は確かに縮む方向へ向かうけれど、心理的には必ずしもそうではありません。
体が閉じていくように変化しても、心はその逆に、外へ、あるいはもっと深い内側へと広がろうとします。
物理的な縮みを淡々とケアしながら、あなたは、毎日の生活で幸せを感じ、心はより広く、より深く、これまで見えなかったものに気づけるようになっていく。
そのバランスの中にこそ、豊かな人生の冬があります」
その言葉を読んで、「そう来るか!」と一本取られたような気持ちが湧きました。
身体のことに囚われていたので、ここで心の話が出てくるとは思わなかったのです。
ちなみに、人生の冬というフレーズは、仕事の別の件で、吉田松陰が語ったという、人生を春夏秋冬に例えた話をしていたからだと思います。
確かに、歳を重ね、自分の人生を振り返り、成熟の時期を迎える頃、ものの見方が柔らかくなったり、人の気持ちに寄り添えるようになったり、小さな幸せに気づきやすくなったりします。
体はしぼんでいくけれど、心はその分、広がっていく。
そんな感覚が、ゆっくりと腑に落ちていきました。
そう、もし歳を取ることに希望がなかったら、私たちの心は体より先に冷え切ってしまうでしょう。
でも、実際には、ご高齢でも輝いている方はたくさんいます。
メディアで見かける高齢期のタレントや歌手の方々もそうですし、身近にもそう感じる人が沢山いらっしゃいます。
自分なりの幸せを見つけながら生きている方は、年齢とは関係なく、静かな輝きを放っているように見えます。
身体は少しずつコンパクトになっていく。
けれど、心はその分、広く、深く、豊かになっていける。
老いとは、縮むことと広がることが同時に起きる、静かな変化なのかもしれません。
【著者:佐藤真理子】
公認心理師。
1970年八戸生まれ、盛岡育ち。
私のミッションは、自己理解と他者理解をほどいて、幸せな人生を送る人を増やすこと。
一人で抱え込みそうなときは、いつでもカウンセリングを頼ってくださいね。
このブログでも、少しずつ「心をほどくヒント」をお届けしていきます。
[カウンセリングのHPはこちら]https://seraphyroom.com




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