top of page

「仕事を辞めたら生きていけない」と思いつめる前に読んでほしい、4つの話(中堅~管理職編)②

  • 執筆者の写真: seraphyroom
    seraphyroom
  • 8 時間前
  • 読了時間: 5分

第2回:「倒れるまでやるしかない」と思い詰めていませんか?過労の心理メカニズム


前回は、仕事量と人間関係の板挟み(サンドイッチ状態)の中で、私たちの心と体が出している「黄色信号」についてお話ししました。

 

「楽しかったことが面倒になる」「理不尽な状況に怒りすら湧かなくなる」「週明けの朝、玄関で立ち尽くす」……。

 

こうしたサインに、薄々気づいている方もいらっしゃるかもしれません。

 

けれど、がんばりすぎてしまう人は、なぜ黄色信号が出ていると分かっていながら、ブレーキを踏めずにアクセルを踏み込み続けてしまうのでしょうか。

 

「自分が未熟だから」「根性が足りないから」――。決してそうではありません。そこには、がんばる人ほど陥りやすい、無意識の「心理的メカニズム」が働いているのです。

 


心のブレーキを壊してしまう2つの罠

 

私たちが限界を超えて走り続けられる裏側には、実は心が自分を守ろうとしたり、適応しようとしたりする結果として生じる「2つの罠」があります。

 

1つ目は、「過剰適応(かじょうてきおう)」による感覚の麻痺です。


「きつい」「苦しい」という心身の悲鳴をまともに受け止めていると、毎日の激務をこなせなくなってしまいます。

 

そのため、脳は「あえて感覚をシャットダウンする」という防衛本能を働かせます。

 

体は悲鳴を上げているのに、心は「何も感じない」状態を作る。

 

その結果、「しんどくないから、まだ大丈夫」と、自分の限界を見誤ってしまうのです。

 


2つ目は、「認知の歪み(白黒思考・~すべき思考)」です。

 

中堅や管理職という責任ある立場になると、「完璧でなければならない」「弱音を吐くべきではない」「自分が我慢すれば丸く収まる」といった強い義務感が、心の自由を奪っていきます。

 

この義務感が強くなると、心の中の選択肢が「今のまま限界までがんばり続けるか」か「すべてを放り出して仕事を辞めるか」の二択(白黒思考)になってしまうのです。

 


「仕事を辞めたら生きていけなくなる!」という叫び

 

そして、がんばる人を最も追い詰めるのは、心の奥底にある切実な恐怖です。

 

「今、私が仕事を辞めたら、自分も家族も生きていけなくなる!」

 

薄々限界だと分かっていても、この叫びが頭をよぎるからこそ、「ここで立ち止まるわけにはいかない」「こなすしかない」と、自分を奮い立たせるしかなくなってしまうのですよね。

 

仕事は、自分や家族の生活を支えるための大切な基盤です。

 

だからこそ、簡単に手放せないと思うのは、職業人として、また家族を守る人間として、当然の責任感であり優しさです。

 

しかし、その「生きるための手段」であったはずの仕事が、いつの間にか「目的」にすり替わり、視野が極端に狭くなってしまうことがあります。

 

 

 家族から見た「客観視」が、本人にはできなくなる恐怖


私が過労の心理について深く考えさせられ、強い衝撃を受けた本があります。

 

経済学者である熊沢誠氏の著書『働きすぎに斃れて――過労死・過労自殺の語る労働史』(2010年 岩波書店)です。

 

この本の中には、さまざまな職種・年齢層などの視点から多くの具体的な過労死・過労自殺の事例が描かれています。

 

少し悲痛な思いを読者の方にさせてしまうかもしれませんが、環境調査会社で働き、突発性心機能不全で亡くなった夫に宛てた、妻が書いたリアリティのある手紙を引用します。


“あなたが仕事をしていたころ、毎晩(朝)帰宅が遅いのに私が心配して、転職をすすめたことがありました。会社をやめてほしいと何度も言いましたね。でも、家族のためにこれだけの仕事をしているのだ、社会的責任もあるのだと、そして私が自分の気持ちを理解してくれないと、あなたは言いました。そして死んでしまった。あなたが守りたかったものはなんだったのですか。死ぬほど大切にしたかったのは、なんだったのですか。(後略)”
(「働きすぎに斃れて」熊沢誠著2010年発行 第1刷 194P)

 

私はこの本を読んだとき、家族から見た当然の「客観視」が、当のご本人には全くできなくなってしまっていたという、あまりにももどかしく、悲痛な現実に衝撃を覚え、その恐ろしさを胸に刻み込まれました。

 

「命を失うかもしれないのに、仕事に行く」――。

 

客観的に見れば、命より大切な仕事などないことは明白です。

 

しかし、過酷な状況で視野が狭くなると、私たちは「休む=みんなに多大な迷惑をかける(=悪だ)」と思い込み、命の危機に瀕していてもなお、自らハンドルを握る選択をしてしまうことがあるのです。

 

ここまで極端ではなかったとしても、私たちの日常でも同じことが起きています。

 

例えば病院に行くことを先延ばししたり、体調が悪くても休みを取らずに出勤する、ということはあるのではないでしょうか。

 

 

「辞める・辞めない」のあいだにある、グラデーションの選択肢


もし、今あなたが「仕事を辞めたら生きていけない、だから倒れるまでやるしかない」と思いつめているとしたら、まずはその「二者択一の罠」から、一歩だけ外に出てみませんか。

 

「今のまま限界までがんばる」か「辞める」かの2つの選択肢しか見えなくなっているのは、心が疲れて視野が狭くなっているサインです。

 

実際には、そのあいだにたくさんの「グラデーションの選択肢(工夫)」が存在します。

 

  • 仕事のクオリティを、一時的に「7割」に落としてみる

 

  • 「ここまではできるけれど、これ以上は手伝ってほしい」と、周囲にアサーティブ(誠実に対等)に境界線を引いてみる

 

  • 「私がやらねば」という義務感のブレーキを、少しだけ緩めてみる

 

会社を辞めなくても、あなたの命と健康を守りながら、今の場所で「もう少し楽に生き延びる工夫」は必ずあります。

 

生きていくための仕事で、あなたが斃(たお)れてしまう必要は、どこにもないのです。

 

では、具体的にどのようにして、その「働き方や考え方の工夫」を取り入れていけばよいのでしょうか。

 

次回(第3回)は、がんばりすぎるあなたの心を少しずつ緩め、日常の中で実践できる具体的な「セルフケアとマインドの工夫」について、公認心理師の視点からお話ししていきたいと思います。

 

今日も、命を守って走りきったご自身を、まずはたくさん労ってあげてくださいね。

 

 

【著者:佐藤真理子】


公認心理師。


私のミッションは、自己理解と他者理解を促し、幸せな人生を送る人を増やすこと。


一人で抱え込みそうなときは、ぜひカウンセリングをご利用ください。


このブログでも、少しずつ「心をほどくヒント」をお届けしていきます。


[カウンセリングのHPはこちら] https://seraphyroom.com


 
 
 

コメント


bottom of page