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グリーフケア:失ったものと共に歩む一人ひとりの物語 ~災害ケア③~

  • 執筆者の写真: seraphyroom
    seraphyroom
  • 21 時間前
  • 読了時間: 6分

令和8年熊本地震から2週間が経過し、これまでに「被災者への心の接し方(第1回)」、「支援者のバーンアウト対策(第2回)」についてお話ししてきました。

 

このシリーズの第3回となる今回は、被災した人がその後たどる心理状態、特に「喪失」をテーマに考えてみたいと思います。

 

私が住んでいる地域は、15年前に東日本大震災を経験した場所です。

 

私の地域に限らず、過去に災害の経験をした方は、今回の新しい地震のニュースや映像に触れて、当時の記憶や、胸がざわざわするような感覚が自然と蘇ってきた方も少なくないのではないでしょうか。

 

時間が経ち、それぞれが人生を歩んできた今だからこそ、改めて災害がもたらす「喪失」の心理プロセスと、その心のケア(グリーフケア)について整理しておきたいと思います。

 


災害がもたらす、さまざまな「喪失」


災害は、私たちの日常から多くのものを一瞬にして奪い去ります。その喪失は、目に見えるものから目に見えないものまで多岐にわたります。

 

  • 物理的な喪失:住み慣れた家、大切な思い出の品、車や財産

 

  • 環境・つながりの喪失:慣れ親しんだ町並み、避難や移転による友人知人との距離、コミュニティの崩壊

 

  • 心理的な喪失:それまで当たり前だった「安全な日常」や「未来への安心感」

  

そして最も大きな喪失が、「大切な家族や人との別れ」です。

 

こうしたあらゆる「失う体験」に対して、人間が示す心と体の自然な反応や、そこから立ち直っていくプロセスのことを、心理学ではグリーフ(悲嘆)と呼びます。

 

体験直後から、ご本人が一人で、時間をかけて自分の悲しみと向き合い、心の中で折り合いをつけていく大切なプロセス、グリーフワーク(喪の仕事)が始まります。

 

そして、その回復への道のりに寄り添い、支える関わりのことをグリーフケアと呼びます。

 


喪失体験をした心が辿る一般的なプロセス

 

グリーフケアの観点から見ると、喪失を経験した心は一般的に以下のようなプロセスを辿ると言われています。

 

ただし、これは一直線に進むものではなく、行ったり来たりを繰り返すものです。

 

  1. 麻痺・ショック期(直後〜数日):現実を受け止めきれず、感情が麻痺してボーッとしたり、逆に妙に冷静に動けたりする。

 

  1. 切望・抗議期(数週〜数ヶ月):失ったものを激しく求め、涙が止まらなくなったり、「なぜ自分が」という怒りや、防げなかったことへの罪悪感に苛まれる。

 

  1. 混乱・絶望期(数ヶ月〜数年):現実を突きつけられ、深い抑うつや無力感、孤独感に襲われる。

 

  1. 再建・回復期:失った事実は消えないけれど、その痛みを抱えたまま、新しい環境や日常を少しずつ受け入れ、再び前を向いて歩み始める。

 

喪失体験から時間が経った今、「もう乗り越えた」と思っている人でも、新しい震災の刺激によって、このプロセスのどこかの感情(怒り、涙、罪悪感など)が一時的にタイムスリップしたように湧き上がることがあります。

 

それは心が弱いからではなく、それだけ大きな喪失をあの日経験したという、脳と心の自然な防衛反応(フラッシュバックや記念碑反応)なのです。

 

 

家族との別れ:どんな思いを持ってもいい

 

特に「家族との別れ」におけるグリーフは、周囲が想像する以上に複雑です。

 

世間一般では「仲の良い、愛する家族を亡くして悲しい」という側面ばかりが注目されがちですが、家族の関係性は人の数だけ異なります。

 

私は、「災害で家族を失った」という同じ物語ではなく、「突然家族を失った」という固有の出来事が、同時多発的に起き、原因が「災害」という共通したものだった、と受け止めています。

 

災害の他にも、「突然の別れ」はさまざまな形で、私たちの日常生活に起こりうることです。表面的にはわからなくても、悲嘆にくれている方は、身近な所にいらっしゃるかもしれません。

 

私がカウンセラーになりたての頃(東日本大震災が起こる前)、たまたま次のようなコラムを目にしたことがあります。

 

それは、さらに遡って、「阪神・淡路大震災」のあった地域のカウンセラーが書いた記事でした。

 

「ぼくらは、震災があって、これは絶対に必要だと思ってカウンセリングルームを立ち上げたのだけれど、実際には、『震災を語る』という人が沢山来たという印象はありませんでした。それよりも、普段のカウンセリングをしているなかで、『その時に、震災があって~』と文脈のひとつに出てくることがあり、その度にはっとする感じでした」

(※正確な文章ではなくこういった趣旨の文章でした)

 

その言葉が妙に心に残っていて、その後、随分経ってから、自分の地域で大震災が起きたのです。

 

そして、その後のカウンセリングの時間に、ひしひしとこのコラムの意味を実感することになりました。

 

 

「最後だとわかっていたなら」という有名な詩が折に触れて地元紙(岩手日報)に載ります。

 

それを読んで涙ぐまずにはいられません。深い愛があるからこその、切ない後悔の念です。

 

けれど、誰もが、常に家族と良好な関係を築いていたわけではないのです。

 

好きだけれど、いろいろな事情があって、相手に対して「辛い気持ちを抱えていた人」にとっては、心のどこかに安堵する感情が生まれたかもしれません。

 

そして安堵する自分を責める感情、他にもいろいろな感情が複雑に渦巻いているという人も少なくないはずです。

 

悲しみだけでなく、怒り、後悔、あるいは安堵感。

 

心の中に湧き上がるどんなドロドロした感情も、決して不謹慎なものではありません。

 

「亡くなった人との関係性によって、いろんな思いがあって当然。どんな感情を持っても、私は私を責めなくていいんだ」と、まずは自分自身のそのままの気持ちを認めて(許可して)あげてください。

 

周囲の人は、「早く元気になって」「前を向いて」と励ましたくなるものですが、グリーフに「正しい形」や「期限」はありません。

 

涙を流す日もあれば、笑える日もある。その揺らぎ自体が、心が傷を修復しようとしている大切なプロセスです。

 

 

おわりに:長い歩みを進めてきたあなたへ

 

災害に遭った「あの日」から、私たちはそれぞれの場所で、それぞれの経験を積み、心境を変化させてきました。

 

今、新しく傷ついている被災地の人たちに心を寄せると同時に、もしご自身の心が揺らいだなら、まずは「あのとき頑張った自分」と「今ここにいる自分」を優しく労ってあげてください。

 

それぞれのペースで、失ったものと共に生きていく道のりを、私たちは今も歩み続けています。

 

 

次回、シリーズ最終回(第4回)では、支援者やチームが長く活動を続けるために不可欠な、支援者同士の「ピア・サポート」と、リーダーが知っておくべき「スタッフの心の守り方」についてお届けします。



【著者:佐藤真理子】


公認心理師。


私のミッションは、自己理解と他者理解を促し、幸せな人生を送る人を増やすこと。


一人で抱え込みそうなときは、ぜひカウンセリングをご利用ください。


このブログでも、少しずつ「心をほどくヒント」をお届けしていきます。


[カウンセリングのHPはこちら] https://seraphyroom.com


 
 
 

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