「挑戦して負けてもいい」——15歳の私を変えた大人の一言と、子どもの声を聞くということ

ニュースで岩手県の花巻東高校出身の佐々木麟太郎選手が、スタンフォード大学への進学を経て、MLBのマーリンズへの入団を選択したことを知りました。
地元紙はいち早くいろいろな角度からそれを報道していました。
印象的だったのは記者会見で、彼がはっきりと言い切った「失敗したか、しなかったかではなく、挑戦したか、しなかったかを選ぶ人生に」という言葉でした。
それを読んだ時、直感的に思い出したことがありました。
*
私が、中学三年生の時に、ある大人から受けたアドバイスとそっくりだったのです。
そのアドバイスを私にしてくれたのは、個人学習塾の先生でした。
私は受験する高校を決めるのに、直前まで悩んでいました。
いろいろな条件が重なっていましたが、一番の理由は、自分の成績が二つの高校のランクの境界線にあることでした。
それまで、私の相談に乗ってくれる人はいませんでした。
いたのかもしれませんが、記憶に残っていません。
多分、自分の胸に刺さるような言葉は得られなかったからだと思います。
もう少し踏み込むと、私の悩みどころを理解してもらえていなかったのではないかと思います。
だから、その塾の先生の言葉は、私の運命を変えたと言っていいほどです。
でもなぜ、そんなギリギリになるまで私は「大人」に相談できなかったのでしょうか。
どうして、その先生になら相談できたのでしょうか。
実は、その先生は「やさしそうな人」でした。
そして、授業が終わったあと、ゆったりとソファに腰かけていて「話しかけるチャンス」があると感じたのです。
それでもかなり緊張しましたが、追い詰められていた私は、塾の終わりに、おずおずと先生に声をかけました。
そうしたところ、誠実に自分の経験談を交え、「もし自分なら、挑戦しないままよりも、挑戦して負けたとしてもリングに上がったほうが後悔しない」という話をしてくれたのです。
私は、その帰り道、目の前に宇宙の映像が広がったのを覚えています。
悩みや迷いがすぱっと消え去り、視界が開けた衝撃が、今も鮮明な記憶として刻まれています。
その後、私は上のランクの高校に挑戦して「失敗」しました。
けれど、失敗した後に、尚、挑戦を続けたプロセスそのものが、私の生き方に多くの示唆を与えてくれました。
あの時、勇気を出して相談してよかったと心底思っています。
*
子どもには、大人に相談できないことが沢山あります。
わかってくれそうにもない。
聞いてくれそうにもない。
どう相談すればいいかわからない。
思春期になると、親子分離が始まることも手伝い、親にすら本当の悩みは言いにくいものです。
最近知った「子どもアドボカシー」(※)は、そんな子どもの声を聞き、思いを社会に反映させていく活動です。
おそらく、その関り方は大げさなものではないのだろう、と想像しています。
ただ何気なく側に居て、安心できる存在であることを示す。
そして、時機が訪れた時、子どもがそっと心を開く瞬間があるのだと思います。
願わくは、そのような活動にたまたま結びついた子どもだけではなく、多くの子どもが大人に悩みを打ち明けられるようになってほしい。
そのためには、まず子どもの周囲にいる大人が「子どもが周囲に相談できるには、大人の側にほんの少しの『聴く姿勢』や『余白』が必要なのだ」ということに、気づくこと。
それだけで、子どもの世界は広がり、人生が変わる可能性が大きくなります。
*
麟太郎選手はきっと、早くから大人たちの教えを肌で感じ、吸収してきたのでしょう。
多くの子どもと大人が、年代の壁を越えて悩みを共有できますように。
大人の智慧が、子どもの救いになりますように。
あの日の記憶と、これからの未来に思いを馳せた記事でした。
※子どもアドボカシーとは、子どもが意見や考えを表明できるようにサポートすること。アドボカシー(advocacy)は、ラテン語の「voco(声を上げる)」に由来します。
子どもアドボカシーを実践する人を「アドボケイト」といいます。現段階では公的な資格はありませんが、NPO法人などがアドボケイトの養成講座を実施しています。
(「日本財団ジャーナル」より引用)
【著者:佐藤真理子】
公認心理師。
私のミッションは、自己理解と他者理解を促し、幸せな人生を送る人を増やすこと。
一人で抱え込みそうなときは、いつでもカウンセリングを頼ってくださいね。
このブログでも、少しずつ「心をほどくヒント」をお届けしていきます。
[カウンセリングのHPはこちら]https://seraphyroom.com




コメント