スマホの引っ越しと、心のお掃除。——「悪」を生まないための小さな対話
- seraphyroom
- 6 時間前
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今月中にスマートフォンを返却する契約であることを、突然思い出して慌てています。
写真やメモ、膨大なアプリの整理。面倒ではありますが、これはちょうど「引っ越し」のようなものかもしれません。
身の回りのものを一度手放し、必要かそうでないかを見極める。そんな整理の時間をたまに強制的に持つのは良いことかもしれません。
そんな風に自分の持ち物を点検していた一方で、新聞を読んでいてふと立ち止まる記事がありました。「公務員の不祥事が重なり、新たな対策を講じる」というニュースです。
「対策を強化する」という言葉はこれまでも何度も聞いてきましたが、残念ながら不祥事も犯罪も、この世から消えることはありません。
ニュースは今日も「誰かを傷つけた」という報で溢れています。
ニュースにならなくても、いじめ、パワハラ、モラハラ……。
それらは遠い世界の話ではなく、私たちの隣にいる誰かが起こしてもおかしくない、あるいは私自身も、加害者や被害者になる可能性がゼロではないのかもしれません。
そう考えたとき、一つの問いが浮かびます。
「人を傷つける感情」を持つことと、実際に「人を傷つける行動」を選ぶことの間には、どんな違いがあるのかと。
そこには、近いようでかなり距離があるような気がします。
この距離を保てる人は、自分の不安や怒りを「自分の問題」として扱う力を持っています。一方で、加害に向かってしまう人は、自分の苦しさを他人に肩代わりさせ、負わせることで処理しようとしてしまう。
つまり問題の本質は、「悪い感情を持つこと」自体ではなく、「その感情の責任を誰に取らせようとするか」にあるのです。
前回、機種変更のために一日中店舗にいた時のことを思い出します。
スタッフの方は平身低頭で対応してくれましたが、中には苛立ちを隠せないお客様もいました。
そんな中、長時間の手続きでも私が落ち着いていられたのは、自分のマイナスの感情を自覚しながらも(正直疲れました。多分、スタッフの方ももっと疲れたと思います)、抑える「耐性」があったからかもしれません。
自分の中にあるドロドロとした感情を、相手にぶつけるのか、それとも一度言葉にして自分自身で受け止めるのか。
これから大人になる子供たち、そして今を生きる私たちに必要なのは、「まずは自分の気持ちを言葉にすること」です。
誰かに話すかどうかよりも前に、自分の頭の中で考えることから、それは始まります。
感情は、言葉にならないとただの「衝動」として暴れ出します。
でも、それを「私は今、怒っているんだな」「不安なんだな」と名前を付けて言葉にできれば、それは「思考」へと変わり、私たちは感情をコントロールする術(すべ)を手に入れることができるのです。
スマホの中身を整理するように、私たちも時々、自分の中に溜まった感情を整理してみる。
「言葉にする」という手間を惜しまないこと。それが、隣にいる誰かを傷つけないための、一番身近で大切な「犯罪防止策」になるのかもしれません。
さて、今日もスマホのバックアップの続きを始めたいと思います。
心の方も少し軽くして、新しい機種のお迎えを楽しみにしたいと思います。
【著者:佐藤真理子】
1970年八戸生まれ、盛岡育ち。
頭の中が多動な人ですが、パワフルだった20代を経て、今は少し落ち着いた50代。
人のお話を聴いて、その方の世界観に触れるのが何よりの喜びです。
一人で抱え込みそうなときは、いつでもカウンセリングを頼ってくださいね。
私のミッションは、自己理解と他者理解をほどいて、幸せな人生を送る親子を増やすこと。
このブログでも、少しずつ「心をほどくヒント」をお届けしていきます。
[カウンセリングのHPはこちら:https://www.seraphyroom.com]




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